見どころ

見どころ1:至上の印象派コレクション 見どころ1:至上の印象派コレクション

本展ではドラクロワ、ドガ、マネ、ルノワール、ファン・ゴッホ、ゴーギャン、モネ、セザンヌ、マティス、ピカソ…「この絵はビュールレ・コレクションにあったのか!」と驚く、豪華な作家たちの競演が繰り広げられます。特に印象派・ポスト印象派の作品は傑作揃いで、絵画史上、最も有名な少女像ともいわれるルノワールの《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》とセザンヌの《赤いチョッキの少年》は印象派の中でも人気の高い両巨匠の「最高傑作」として知られています。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》

1880年 油彩、カンヴァス 65×54cm

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裕福な銀行家のルイ・カーン・ダンヴェール伯爵の長女、イレーヌを描いた作品。当時8歳であったイレーヌの栗色の豊かな髪やあどけない表情が、背景に描かれた深い緑の茂みによって引き立てられています。ルノワールによる子どもの肖像画の代表作のひとつである本作品は、1881年のサロンに出展され好評を博しました。
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ポール・セザンヌ《赤いチョッキの少年》

1888-90年 油彩、カンヴァス 79.5×64cm

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セザンヌの肖像画のなかでも、もっとも有名な作品です。肘をつき、物思いにふける少年。頭を支える腕の直線や、背中や手前に長く引き伸ばされた腕の曲線が、カーテンやテーブルクロスの斜めの線と絶妙な均衡を保っています。画面周辺の沈んだ色調に囲まれ、少年の顔と赤いチョッキ、右腕を包むシャツの白さが際立っています。
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見どころ2:全て、一人のコレクターが集めました 見どころ2:全て、一人のコレクターが集めました

ドイツに生まれ、スイスで後半生をすごしたエミール=ゲオルク・ビュールレは、第一次・第二次世界大戦を経験し、実業家として成功して富を築きました。彼は心の拠りどころとして美術作品を収集し、コレクションはチューリヒにある邸宅の隣の別棟に飾られました。彼の死後、別棟は美術館として一般公開されましたが、スイス国外にコレクションがまとまって公開されたのは過去に数回のみでした。2008年、世界的に報じられた4点の絵画盗難事件以来、一般公開が規制され、2020年にチューリヒ美術館に全コレクションが移管されることになりました。今回はビュールレのコレクターとしての全体像がみられる最後の機会です。

メッセージ

日本はフランス印象派の作品の収集と展示において、長く豊かな歴史を有しています。それゆえ、E.G.ビュールレ・コレクション財団は、世界で最も優れたフランス印象派絵画のプライベート・コレクションであるビュールレ・コレクションを日本でご紹介できることを、誇りに思うと同時に、大変喜ばしく思っております。本コレクションは、スイスの実業家であるエミール=ゲオルク・ビュールレが、1937年から1956年にかけて収集したものです。ピエール=オーギュスト・ルノワールの《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》や、ポール・セザンヌの《赤いチョッキの少年》などの貴重な作品が当時はまだ入手可能であり、これらの傑作を得たことにより、ビュールレは近代ヨーロッパ絵画の最高傑作を所蔵するコレクターとなりました。
ビュールレは大学生の頃からヨーロッパ美術の歴史に大きな興味を寄せ、やがてコレクターとなりました。E.G.ビュールレ・コレクション財団は、ビュールレ・コレクションの個性が感じられるような作品の数々を日本の皆様にご覧いただけることを大変楽しみにしております。そして、美術に造詣の深い日本の皆様が、西洋美術を有するプライベート・コレクションの中でも、特別な存在感を示すビュールレ・コレクションの素晴らしさをご堪能いただけるものと確信しております。

E.G.ビュールレ・コレクション財団 館長
ルーカス・グルーア

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1. エミール=ゲオルク・ビュールレ
2. ビュールレ・コレクション外観 (Photo: Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich)

見どころ3:出品作のおよそ半数が日本初公開! 見どころ3:出品作のおよそ半数が日本初公開!

ビュールレ・コレクションには、モネ、ゴッホ、セザンヌなどの傑作が数多く含まれ、近代美術の精華ともいえる本展の出品作品、約60点の半数は日本初公開です。なかでもモネの代表作の一つ、高さ2メートル×幅4メートルの大作《睡蓮の池、緑の反映》は、これまでスイス国外には一度も出たことがありませんでした。日本人がまだ見たことのないモネの「睡蓮」。門外不出といわれたモネの最高傑作をこの機会にぜひご覧ください。

日本初公開

クロード・モネ《睡蓮の池、緑の反映》

1920-26年 油彩、カンヴァス 200×425cm

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1883年、ジヴェルニーに移り住んだモネは、自宅の敷地内にエプト川から水を引き、睡蓮の池を作り上げました。植物の様々な色彩を映し出し、時の流れに応じて表情を変える水面は、画家の後半生の創作の中心的モティーフとなったのです。ビュールレはパリ郊外のジヴェルニーに実際に足を運ぶなどしており、モネの睡蓮を主題とする作品に特別な関心を持っていました。1951年、ビュールレは亡きモネのジヴェルニーのアトリエに保管されていた「睡蓮の池」を主題とする作品2点を購入し、それらをチューリヒ美術館に寄贈しました。その翌年、モネの大回顧展がチューリヒ美術館で開催され、その際に出品されていた《睡蓮の池、緑の反映》を目にし、モネの遺族から購入しました。
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